なぜ私たち、大阪市北区の出版コンサル・COW AND CATは「本で世界を変える」ことをビジョンにしているのでしょうか。
それは創業者の経験とそこに発生した問題意識に由来します。
私たちの創業者も某学会の一研究者でした。しかし学会誌に掲載される論文は、重箱の隅をつついて大勢に影響のない些細な相違を検討するものか、事実だけを記載してその意義や本質への考察がない「報告書」ばかりでした。
一方で創業者の「論文」は「自分の発想した仮説をあらゆる学問分野の知見を『証拠』として参照しながら証明する」ものばかりでした。
そのために1本の論文の中で扱う領域は哲学、日本史、世界史、民族学、民俗学、心理学、社会学、国文学など多岐にわたり、いわゆる極めて「学際的な」ものでした。
しかし、真実とは「そういうもの」ではないでしょうか。
私はよく「それは我々の学問で検討する内容ではない」と批判されましたが、そもそも「学問領域」というものは、学者同士が互いの飯のタネを侵さないための暗黙の取り決めでしかないと思います。
だから彼らは「学問領域」「領域内の常識」を頑なに守護し、私たちの創業者のような「異端な」論文を決して認めませんでした。
それどころか例えば彼の「現代の売春婦と古代の巫女が同質の聖性を持っていた」という論文などは内容以前に「査読拒否」という門前払いの扱いまで受けました。
そこで商業出版にもアプローチしましたが、彼らの関心は
「著者のフォロワーは多いか」
「著者に知り合いに著名人はいるか」
「著者にはカルチャーセンターの教え子など影響力を行使できる相手はいるか」
ということばかりでした。
つまり彼らは、自分たちで「いい本」を作るよりは、著者の人的ネットワークを使って本を売るか、それができなければ著者から直接金を巻き上げるか、のどちらかで「儲けること」しか考えていない、ということが芯から分かったので、絶対に自分の原稿を託すまい、と思いました。
このような体験を何度も味わい、私たちの創業者は学会の器の浅さ、考えの狭量さ、思考の硬直さ、既存特権への固執に愛想をつかし、同時に商業出版のカモになることも拒否し、それなら自分で自分の考えを出版し、世間に問い、それを通じて世界を変えようと考えました。
それがこのクリエイティブ集団COW AND CATを立ち上げた経緯です。
ですから、自分なりに自信のある原稿や企画が出版社や学界によって簡単に没にされる、それも内容の本質的な価値ではなく「儲かるかどうか」の判断で、あるいは「学会の常識と領域の範囲で形を整えているか」ということで没にされる不本意さは本当によく分かります。
このような硬直した学会、出版界からは新しい価値は絶対に現れません。
ですから私たち、大阪市北区の出版コンサル・COW AND CATは「世界を変える可能性があるかどうか」を選択基準として、潜在力のある企画、原稿を積極的に募集し、出版しようと思っているのです。